僕の不運

先日、新幹線に乗る機会がありました。
新大阪から岡山まで。
日曜日の夕方、18:30頃。

観光や出張帰りと思われる人々で、駅はごった返していました。
「これは、早めに並んでおかないと新幹線で座れないな。」
そう感じた僕は、発車時間の20分も前から、新幹線の到着待ちをすることにしました。

僕と同じことを考えている人は他にも多くいたようで、僕がホームに着くと、まだ短いながらもそこには既に列が出来ており、僕はサラリーマン風のおじさんの後ろに、静かに並びました。
その時、おじさんが読んでいる本が、僕が数ヶ月前に読んだ本であることに気がつきました。

それは、最近話題の本でも、新しく出版されたばかりの本でもなかったので「偶然なこともあるもんだ」なんてことを思いつつも、おじさんに話しかけるでもなく、後ろから本を盗み読むでもなく、僕はスマホに手を伸ばしました。


スマホをいじりながら待つこと20分あまり。目当ての新幹線が到着し、僕たちはぞろぞろと新幹線に乗り込みました。
危惧した通り、駅構内と同様、新幹線の中も大変混み合っており、座席はほとんど埋まっている様子でした。
車両デッキにも既に人が溢れているような状況で、20分前行動の甲斐無く、僕は新幹線の通路部分に立たされることとなりました。
そして、先ほどのおじさんも僕同様、座ることを許されないまま目的地を目指します。
(おじさんの前にはおばさんが、その前にはカップルが、、という具合に、立っている人も含め、車内はパンパンです)

さて、新大阪駅では座席を確保できなかったものの、僕にはまだチャンスがあります。
新大阪の次の停車駅は新神戸。この2駅の距離は近く、時間にして10分ほど。
この新神戸駅から座ることが出来たなら、これからの道程は随分と楽になることでしょう。
たくさんある座席の中、どの席が空くかは運次第。
祈る僕(とおじさん)を乗せて、新幹線は走ります。

そうして到着した新神戸駅。
僕は、
念願の、
席に、
座ることが、
できませんでした。

その代わりに、おじさんの脇の席が空き、おじさんと、素早く動いたおばさんが座席を確保していました。

「ああ、なんて”ツイてない”んだ。」僕は思いました。「僕の近くの席が空けば良かったのに。」


そんなことを考えつつぼんやりと車内を見回していると、僕は自分の大きな間違いに気付きました。
それは、「どの席が空くかは運次第」なんて思っていたこと。

おじさんが座れて僕が座れない理由が、ちゃんとあったのです。

おじさんが空席になることを狙っていた列(以下、おじさんの列)の乗客は、全員が1人客でした。
それに対して、僕の列の乗客は3人組と2人組

おじさんの列の1人客にはそれぞれ、「新神戸で降りる確率」が1/6あります。(新幹線がこれから停まる駅は全部で6個)
それに対して僕の列の2人組、3人組は全員揃って同じ駅で降りる確率が極めて高い為、彼らが「新神戸で降りる確率」は、2,3人ひっくるめて1/6です。
新神戸で降りる確率は1/6。逆に言えば、降りない確率は5/6です。
これをもとに、おじさんと僕が座れない確率をそれぞれ計算してみました。

おじさんの列の誰も降りない(=おじさんが座れない)可能性は40%ほど。それに対して僕の列から誰も降りない(=僕が座れない)可能性は70%近くもありました。
これだけの差があれば、おじさんは座れて、僕は座れないのが当然のような気もしてきます。


この辛い出来事から僕が得た教訓は2つ。
1つ目、確率の考え方は実生活で役に立つ。
2つ目、一見”運”に左右されているように見える出来事も、実は小さな判断や行動の積み重ねでできている(こともある)。

先ほどは「座っている人が新神戸で降りる確率」について深く考えましたが、他にも例えば
「僕もその本、読んだことあります」とおじさんに声をかけていたら。
-おじさんの隣の席には、おばさんではなく、話し相手である僕が座っていたでしょう。
新神戸駅に到着する前、もっと注意深く辺りを見回していたら。
-おじさんの列から2人が降りそうな気配を察し、おばさんよりも早く、おじさんの隣を確保できていたでしょう。

他にも、あの時の僕が”運悪く”席に座れない道を回避する方法はいくつもあったのだと思います。

いよいよ受験シーズンに突入し、勉強の成績以外にも”運”や”ツキ”が気になってくる時期です。
ちょっと物事を深く考えてみることが、ちょっと一歩を踏み出してみることが、意外な”運”を引き寄せるかもしれません。


人は誰でも物事がうまくいった時には「自分が頑張ったからだ」うまくいかない時には「運が悪かったからだ」などと考えがちです。
(このような傾向のことを”自己奉仕バイアス”といいます。)
ここでは、この”自己奉仕バイアス”を悪者にして、「みんな謙虚になりなさい」などと言うつもりはありません。

自信満々で、達成感でいっぱいで、少々憎たらしくても構いません。

受験が終わった時に、「”運”が悪かった、、」と下を向いていることがないように、一緒に、一所懸命頑張りましょうね。


ちなみに、”自己奉仕バイアス”をはじめとした”認知バイアス”(人間が物事を考え、判断するときに出るクセ)については、新幹線のおじさんや、数ヶ月前の僕が読んでいた本『予想通りに不合理』(著:ダン・アリエリー)に詳しく書いてあります。
読み物として面白い本なので、もしよかったら読んでみてくださいね!

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